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YouTubeでも人気の懐かし自販機~味わいの昭和レトロ自販機コーナーがずいぶん前に書籍になっていたのを今更知ったので購入した。

こんな感じの、懐かしい今では珍しい自販機を取材した動画である。味のある自販機と味のある店主の方たち暖かさと、日本の美しい風景がマッチングしていて素晴らしい。動画の構成やBGMの音源も全て制作者が手がけているらしく、その完成度もまた素晴らしい。

物珍しさとでも言うか、私はこういうものが大好きである。なぜ好きかと言ったら、それは「アナログ感」という言葉に尽きる。

今では殆ど見る機会がない珍しい自販機が掲載されている

今では殆ど見る機会がない珍しい自販機が掲載されている。作者の方が日本中を旅して自販機巡りをしているらしい

では、なぜアナログが面白いかというと、目で見て仕組みがわかることと、どうにかこうにかして作り上げようとしたエンジニアの息づかいを感じるからである。

関東圏内にもうどんの自販機やトーストの自販機があるらしい。自販機専用の食品を作っているメーカーが群馬に集中しているらしく、群馬に多い

関東圏内にもうどんの自販機やトーストの自販機があるらしい。自販機専用の食品を作っているメーカーが群馬に集中しているらしく、群馬に多い。

デジタルのつまらなさを大半の方は「冷たさ」と表現すると思う。しかし、その冷たさはどこから起因するかというと、機械で作られた製品で溢れた生活の中で、当たり前に機械で作られる製品は「おいしくできること」「効率よくできること」「低コストでできること」を主軸におかれ、それらが極限まで突き詰められていった結果、余分なものが全て削られたからだと思う。

自販機の神として、掲載されている西部技研代表の田中さん。その自販機にかける情熱や真摯さは胸にくるものがある

自販機の神として、掲載されている西部技研代表の田中さん。その自販機にかける情熱や真摯さは胸にくるものがある

この高効率な機械的生産において「余分とされるもの」こそがアナログの正体であると私は思う。

岡潔も言っている「人は壁の中ではなく、壁と壁の間に生きている(春宵十話)」と、つまり何かをしている中で人は生きているのではなく、何かをしていない瞬間に人は生き、成長しているのだと。

昭和のレトロ看板。配色センスが凄い。アジアらしい雑多感を感じる

昭和のレトロ看板。配色センスが凄い。アジアらしい雑多感を感じる

機械にとっては余分かもしれないが、人にとっては必要なのだ。人間の頭が他の生物に比べ秀でているのは「生きるという目的だけに脳みそが使われていない」ということなのに、なぜ必死に効率良く生きようとするのか。それでは他の動物となんら変わらない。効率やコストパフォーマンスをだけ気にして、預金通帳の残高を上げ下げすることに命を燃やすなんて他の動物と何も変わらないじゃないかと私は思う。

ただ、生きるために生きるだけでは水槽の中の金魚と同じだ。もっと情熱的に生きようではないか。そのためには「すきまの時間」つまり「(機械にとって)余分なこと」が人には必要なのだ。

デジタルは確かに素晴らしい。しかし、デジタルだけの中では生きられない。アナログという隙間でこそ人は生きている。