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先日Twitterで「スティーブジョブスのスピーチを持て囃すのもいいかもしれないが、夏目漱石先生のこのお言葉を知らない日本人がどれだけいるのか」というツイートともに、夏目漱石の私の個人主義の一部が抜粋されていた。

私も兼兼その通りだと思う。そもそもスーパーグローバル大学とはなんぞやというと、日本学術振興会のHPによると次の通り書かれている

 我が国の高等教育の国際競争力の向上を目的に、海外の卓越した大学との連携や大学改革により徹底した国際化を進める、世界レベルの教育研究を行うトップ大学や国際化を牽引するグローバル大学に対し、制度改革と組み合わせ重点支援を行うことを目的としています。

つまり、「国際競争力」をつける為に、大学を「国際化」しようぜ。というのがこのスーパーグローバル大学である。名前からして胡散臭い代物である。

留学してきた外国人留学生が母国に帰り、省庁の大臣顧問になっていたりすることもあるし、実際それで私も海外インターンシップに不自由無く参加できたわけである。しかし、メリットといってもそれくらいだし、大学側がそのような凄いコネクションを全く有効活用できていない気がしてならない。

結果的に得するのはそうやって優遇されて入ってきた外国人留学生で、日本人学生にとって大してメリットもないし、確かに彼らは優秀だが、同じくらい優秀な日本人学生もごろごろいる。

一番疑問に思うのは「国際化」=「国際競争力の向上」となっている点だ。大学に在籍する外国人教員の数は増せばランキングだけは向上するだろう。しかし、欲しているのは「優秀な」外国人教員なわけであって、日本人より優秀でない外国人教員を増やしたところで何の意味もない。

ちなみに、私の在籍する大学は研究大学強化促進事業に指定されてはいるが、先日指導教員に国際学会の出張費について相談したら「これしかない」と高橋是清の如くキッパリ年間活動予算を言われ、私の海外渡航だけで3分の1は使ってしまう分の予算しかなかった。これで研究促進とは笑わせてくれる。

散々愚痴をこぼしたが、私はやはり今一度、夏目漱石なり寺田寅彦なり、岡潔に立ち返り、国内の偉大な先人に目を向けるべきだと思うのだ。最近の教育がすっかり無くしてしまった道義や情緒というものを見直すべきだろう。簡素に言えば「心」である。しかし、私には上手くこの「心」というものを具体的に説明できない。私は心を知っているが、訪ねられるとわからない。ただ、この夏目漱石の言葉こそ、心だと思うのだ。