宅浪はやめておけ

3月が終わり、寒さがまだまだ残る中、日差しが刺せば春の陽気を感じるこの時期。高校生を終えた方の中には、大学に合格し、4月から大学生になる人。もしくは、合格はしたが、納得がいかないからともっと上を目指す人、そしてはたまた、1つも大学に合格しなくて、浪人生になった人。それぞれいらっしゃると思う。

浪人したからには2つの選択肢があると思う。1つは予備校に通って受験勉強をする人。もう1つは予備校に通わず家で勉強する、所謂「宅浪」と呼ばれるものだ。選択肢は存在するが、ここで重要な問題にぶつかることになる。そう、それは「金」だ。予備校に通うとなるとべらぼうに金がかかる。予備校の授業料は大抵1年間で80万円程度する。一ヶ月にして7万円弱程度になるわけだが、これを支払える家庭は、圧倒的大多数ではないと思う。一人っ子で親の年収が500万円程度あれば通えるだろうが、親の年収が400万円程度ならまず無理だろう。

自分でアルバイトをするにしても月額7万円を稼ぐとなると、時給1000円で週3回、5時間のアルバイトをして稼げるだけの額になる。しかし実際問題、受験料や夏期講習や冬期講習代を稼ぐ必要があるから、もっと働かなくてはならないだろう。勉強に集中したいのにアルバイトで気を散らされては中々勉強に身が入らないだろう。しかし、宅浪だけはやめておいた方がいいと断言できる。それは基本的に一人で受験勉強そのものや、勉強をこうした方がいいというマネジメントをしなければならないということだ。そして、何より重要な問題は、「社会から孤立する」ということだ。

毎日がこの世の終わりに感じる

宅浪になると基本的に人と関わることがなくなる。同じ浪人した友人でも予備校通いになると接点も少なくなる。誰とも会わなくなり、誰とも会話することがなくなる。この誰とも会話することがなくなるというのが、かなりストレスがかかる。正直尋常ではないストレスで、毎日がこの世の終わりのように感じる。「感じる」と言ったのは、私が実際にそうだったからだ。

7年前の3月、私は受験に失敗し、一人で細々と受験勉強をしていた。周りの人たちは新しい新生活に胸をときめかせて毎日遊んでいたが、私はそのような気分には到底なることができず。一人部屋にこもって勉強していた。というか、それしかすることができなかった。私の家庭は裕福ではないので予備校に通う余裕はなく、アルバイトと言っても当時は時給800円が普通だったのでかなり働かなくてはならず、それなら予備校に通わなくてもいいのではと思っていた。

転換点は河合塾の春期講習だった。今は東進だけで講義をする数学の大吉巧馬先生が、当時は河合塾と東進で教鞭を執っていたので、生の大吉巧馬見たさに河合塾の春期講習をとったのだ。生で見る大吉巧馬はそれはもうイケメンで、東進で画面越しに見ていた大吉巧馬よりも何倍もイケメンだった。

大吉巧馬先生も大学受験で苦労していたらしく、先生ならば良い助言をくれるのではないかと思い、講義後に質問しに行った。目の前にいる大吉巧馬のあまりのイケメンさに震えながら、お金がなくて予備校に通えないから宅浪するつもりだとの旨を言うと、彼は落ち着いた声で、諭すように私の目を真っ直ぐにみてこう言った「宅浪だけはやめなさい。親は必ずお金を持っている。頼み込めば絶対にお金を持っている。宅浪は本当に辛いし続かない。宅浪だけはやめなさい」と。7年も経つので、記憶は曖昧だが、はっきり覚えているのは「宅浪はやめて河合塾に入れ」とは言われなかったのは確実に覚えている。

彼は「宅浪だけはやめろ」と私に言った。私は「宅浪でも問題ない」という言葉を欲していた。彼はそれを察したのだと思う。私は彼の言葉素直に聞き、というかこの人が言っているのだから、それで間違いないだろうと思い、予備校に通うことにした。

予備校には経済支援がある

予備校探しをすることになったのだが、実際問題金はない。それに予備校は場所後ごとに雰囲気や出向講師が異なるので、それらを吟味する必要がある。最初にお茶の水にある駿台に行き、次に池袋の河合塾やらを友人と行ったが、あまり合わなかった。そして、何となく津田沼にある駿台に行って事務の方と話をして、その後経緯は覚えていないが、校舎長の方と話をした。お金がない旨を話すと校舎長の方が「親御さんの年収なら授業料が半額になる」と私に話してくれた。

パンフレットをよく読まない私が悪かったのだが、駿台予備校には経済支援制度があり、年収によっては授業料が半額程度免除される。当時は、成績は入塾テスト(そんなに難しくない)をパスすれば良いだけで、推薦はいらなかった。この間もう一度調べてみると今では河合塾でも代ゼミでも同じような経済支援があったので、年収によっては授業料が半額程度免除される。いずれにせよ敷居はそんなに高くなかったと思うので、親の年収が400万円代なら駄目元で行ってみてもいいと思う。218万円〜400万円とあるが、そこまで厳密ではなかったと思う。半額免除なら、大体授業料は35万円〜40万円で、講習代を含めても年間50万あれば済む。おまけに入学金(どこの予備校でも大体10万円程度)も免除される。この程度なら大抵の方は通えるし、アルバイトをするにしても、そこまでハードにバイトをしなくても済む。

今の雰囲気は知らないが、当時の駿台津田沼校はとても穏やかで、他の校舎では中々見られないが、教室の隣に講師室があり、とても開放的で気軽に講師の先生に質問することができた。また、立地的に予備校に通う大抵生徒の学歴が高いという点が挙げられる。津田沼という立地の周辺には学力レベルの高い進学校がたくさんあり、中堅下位高校出身の私には「学力が高いとこんなにも性格あ良くて面白い人が集まるのか…」ということが、まざまざと体験できた。物理の講義は微積を使って教えてくれたので、それまで暗記だらけで吐き気がしていた物理から解放されたような気分で駿台の物理には感謝している。講師は多少癖はあったが全体的に良かったとは思う。

そして、周辺の環境もべらぼうに良かった。今では代ゼミの校舎に駿台が入ってしまったが、当時の校舎の同じビルの中には丸善があって、大量の専門書が、読者層のレベルに合わせて絶妙な配置で置かれていて気分転換によく行った。駿台が入っていた下の階にはダイソーがあったのも便利だった。目の前にはモリシアという大きなショッピングモールがあり、その1階には、イオンのスーパーがあった。この中にオリジン弁当が入っていて、夕方を過ぎると半額になる商品が出てくるので、浪人時代のお金がどうしようもなくなかった時は、オリジン弁当の半額になった馬鹿でかいおにぎりで腹を満たした。モールの中にはヤマダ電機やゲマズやアニメイトがあったのも良かった。

話が大分それてしまったが、要は金がなくても予備校には通えるということだ。資料には免除には試験と推薦が必要と堅苦しく書いてあるが、校舎長や事務の方と相談すればどうにかなるだろう。入塾テストも難しくはない。そこで嫌な顔をされたら、そんな予備校、もしくは校舎は滅んでしまえと心の中で中指を突き立てて、別の所に行けばいい。全力であなたをサポートしてくれる予備校を選ぶべきだ。

 

国立大は地獄から天国への蜘蛛の糸

また、金がないなら是非とも国立大を目指して欲しい。国立大は親の年収と家族構成次第で授業料免除がある。もちろん成績は加味されるが、普通に授業を受けていれば何も問題はない程度だ。この制度ならば年収400万円程度ならば授業料は免除される。

今現在地方に住まれていて、そこから上京して一人暮らしとなったとしても大抵の国立大は寮があり、低額で住むことができる。奨学金で5万円程度借りれば生活できる。このくらいなら、4年間で240万円なので、返せない金額ではない。そして国立大に入ってしまえば、少なくとも就職はできるし、大抵の方は生きていくのには不自由しない会社に勤めることができるだろう。

また、大学院に進学すれば、予約採用で1種奨学金を申請できる。この1種奨学金は大学院に限り免除制度がある。要は研究活動をして、それが評価されて表彰を受けたり、海外で発表活動をすれば免除されるのだ。真面目に研究をやっていれば、在籍中に国内で4本、国際2本程度なら論文は出せるし、その中で学会誌や、表彰を受ければ、大抵奨学金は免除される。

はっきり言ってしまえば国立大は地獄に下ろされた天国からの蜘蛛の糸なのだ。貧乏人こそ国立大に行って真面目に勉強して成果を出せば、就職にも困らないし、「これがやりたい!」という夢や目標も叶うだろう。そして何より、入学難易度が高ければ高いほど、素晴らしい人たちと出会うことになる。例えば東大に行けば同級生の何割かは官僚になり、この国を担う人材になるだろうし、大企業に就職して出世するだろう。もしくは起業して稼ぎに稼いでいるかもしれない。そういう人たちと無条件で知人になることができるのが、大学というコミュニティなのだ。そのような人たちと過ごす大学生活は実り多く素晴らしい経験となるだろう。

私事だが、私はこの春からとある企業で研究者として働くことになった。7年前にアドバイスを受け入れず宅浪していたら、今の自分はいなかったし、予備校に経済支援制度がなかったら、同様に今の私はいなかった。そして無事国立大に進学し、経済支援を受けて大学院まで通い、研究活動では航空宇宙関係の学会で表彰まで頂くことができた。そして子供の頃から思い描いていた研究者になることができた。振り返れば、本当に私は運が良かったのだなと思う。沢山の親切な人に出会わなければ今の自分はなかった。

高校生の頃、私は少し上にも書いたが、中堅下位の高校に進学した。その時将来の夢に研究者と書いたが、何を言っていると教師に笑われた。その時はこいつは何もわかっていないと思って気にしなかったが、大学に進学し勉強して、研究して、自分の目標を話すと、気がつけばもう誰も私を笑わなかった。そうなって初めて「ああ、自分は変われたのだな」と実感した。

お金がないからと諦める必要はない。貧乏人こそ予備校に通って、国立大に進学し、地獄から天国へ、貧困層から抜け出して人生を変えるのだ。