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私は普段、小林秀雄や岡潔の本ばかり読んでいる。最近の本は何だか味気なくて、小説ならば構成は良いが内容の深みは欠けるし、随筆やらエッセイやら評論文に至っては粗製乱造というか、自分が何を言っているのか本当に理解しているのか疑うものばかりで全く読む気にならない。

そんな中、久しぶりに素晴らしい本に出会えた。それがこの「暗渠マニアック!」である。暗渠とは「地下に埋蔵したり、蓋をしてしまった水路(小学館,大辞泉)」又は「覆いをしたり、地下に設けたりして、外からは見えない水路(三省堂,大辞林)」のことで、簡単にいえば、地表からは見えないけれど、地面の下に流れている水路のことである。「暗渠マニアック!」ではもっと定義を広げて、「もともと川だったところ」としている。

この本では東京都の暗渠を、暗渠マニアなる方達が自らの足で徹底的に調べ上げている。普段ぼんやりと通りすぎている自分の住んでいる町や、何年も電車で通りすぎているが、一度も降りた事がない町。しかし、どの町にも当たり前だが、れっきとした歴史がある。何百年という時間と様々な理由や人間の都合を経て、今がある。ひいては今の町がある。

暗渠はもともと川だった場所である。それがどうした。と思う方は多いだろう。しかし、よく考えてほしい。「もともと」は川だったということは「何らかの理由」で川ではなくなったのだ。その何らかの理由というのはまさに歴史以外の何者でもない。

100年の歴史を持つ東京駅、

歴史を知ればものの見方も変わってくる。100年の歴史をもつ東京駅は、この100年の東京の様子をどう見ていたのだろう

例えば、この「暗渠マニアック!」の74頁から引用すると、江東区東陽1丁目周辺には洲崎遊郭があったという。明治には政府が根津遊郭に入り浸る東大生を憂いキャンパスを移すか遊郭を潰すかという問題にまでなり、結果遊郭が追い出されたという本当かどうかわからない逸話があるらしい。何だか四畳半神話体系にでも出てきそうな内容である。

江東区東陽1丁目

 

今では海には近いものの、ほぼ内陸にある洲崎はもともと海で、そこを埋め立てて形成された。いわば出島のようなものを作り、遊女が逃げないようにしていた。明治21年には遊郭関係者が根津から洲崎に引っ越し、この場所は洲崎遊郭として繁栄を極めたが、昭和33年(1958年)には売春防止法によって赤線(売春が公認されていた地域)が廃止され、洲崎遊郭はやがて消えて行った。

洲崎遊郭の他に有名な遊郭に吉原遊郭がある。台東区千束に吉原遊郭は存在し、吉原遊郭を囲むように幅9mの「おはぐろどぶ」と呼ばれた水路が張り巡らされていた。

〒111-0031 東京都台東区千束

 

おはぐろどぶは遊郭を囲むように四角く張り巡らされており、9カ所の跳ね橋が架けられていた。しかし、通常は上げられていたため、大門しか出入りには使えなかったという。遊女が逃げないようにという実用的な目的と、内外を隔てる特別な境界という意味でも水路は使われた。そして、現在では埋め立てられ、暗渠となっている。

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実際の暗渠の写真も掲載されている。普段通っている道が実は川だったと思うと何だか不思議な感じがする

この本は実に良い本だ。何故良いかと言えば、作者の愛が詰まっている。そこには「害悪」という言葉は一切なく。作者の溢れ出る愛情を感じる。如何なる作品の基本中の基本は「家庭に悪趣味を持ち込まない」ことである。夏目漱石も朝日新聞社に入社した当初「自分の小説は少なくとも諸君の家庭に悪趣味を持ち込むことだけはしない」と仰っている。

昨今のテレビや本もネットに溢れる記事も「おもしろければそれでよい」で、この基本が全く出来ていない。悪趣味の塊でしかない。見るだけ時間の無駄であり百害あって一利無しである。

そんな憂い溢れる世の中に、私にとって一点の光のごとく燦然と輝くのが、この「暗渠マニアック!」である。興味を持ち、自らの足で調査し、考察をする。そして何よりも暗渠を愛し、その魅力を世に伝えようとする。これぞ正に真の研究である。大学には自らの研究をちっとも面白そうに話さない学生で溢れ返っているが、そんな学生こそこの本を読んで今一度「研究」というものを重々理解すべきである。愛がなければ良いものは作れない。それを鼻で笑う学生は何をしようが良い研究なんぞ絶対に出来ない。

作者の方が、実際に現地の方に聞き込みをしたり、図書館で調べたりしているらしい。図書館はその土地の歴史を知る要所であり、文化的に大変重要なものである

作者の方が、実際に現地の方に聞き込みをしたり、図書館で調べたりしているらしい。図書館はその土地の歴史を知る要所であり、文化的に大変重要なものである

歴史を知る事によって、現在をより深く知る事ができる。何もないクソみたいな東京のコンクリート&アスファルトジャングルにも歴史がある。私は今まで、東京に情緒をまるで全く感じなかった。こんな利便性だけしか取り柄なのない場所からトンズラこいて金沢あたりでゆったり過ごしたいと本気で考えていた。しかし、私が見ようとしなかっただけで、情緒はそこにあったのだ。歴史とコンクリートの中に埋もれて、今は全く見えなくなってしまったが、人が人たる所以の情緒がそこには確かにあったのだ。

「歴史を紐解く」とは言うが、大半の方はただ、歴史を知って面白いなと思うだけだろう。しかし、その「面白い」をさらに紐解けば、そこには「情緒」があると私は思う。その情緒に触れることで、現在という時は、何百年と続く歴史と確かに繋がっていて、100年前や200年前の教科書中の出来事としか思えなかったことごととの、その上に確かに私は存在するという息遣いを実感する。

足下を見れば、ただのアスファルトだろう。しかし、その地面は何百年前の偉人が歩いた道と同じなのかもしれない。